工藤新一は悩んでいた。





                                     ――――復讐の果て。







「う〜〜〜ん・・・・」
一昨日からずっと難しい顔で何かを考えている様子の名探偵に、彼の大切な幼馴染などはまた小難しい事件でも抱えているのだろうかと予想している。
確かにその予想は外れてはいなかった。
今日も馴染みの警部からの依頼で、これから殺人事件の現場に向かうことになっている。しかし、これは事件の概要を説明された段階で凡そのトリックは解けており、現場に向かって証拠さえ掴めればよいというものである。

そんな彼の、人並み外れた推理力や頭の回転を持ってしても、この謎はいまだ解明されぬままである。






―――――何でキッドはあんなにキスが上手いんだ・・・!?






それは一昨日の事件現場でのことに遡る。
何でか知らないが、ことある事に好きだとか訳のわからないことをほざく服部に(何度否定の言葉を口にしても理解してくれないのだ)、その日も変わらず言い募られ、いい加減面倒になっていたところにたまたまアイツが現れた。
今回は予告状を見ていなかったので定かではないが多分隣のビルが本日の羽休めの場所だったのだろう、服部の大声に反応したのか(本当に大声だったのだ、恥ずかしいので冗談抜きで勘弁してほしい)こちらを覗き込む姿が見えた。
何というか、ただでさえこんなところを見られたことが何だか恥ずかしいのに、まるで『大変そうですね』とでも言いたげな態度がムカツイた。
キッドの呑気な様子に、他人事じゃなくしてやりてぇ!!!!などとヤツ当たりでしかない思いを抱いてしまったとしても、まぁ仕方のないことだと許してほしい。
・・・・・巻き込んでやる!!
そう決意した後の新一の頭の回転は速かった。

言ってもわからない服部には態度で示す。
近くには都合よく使えそうな相手もいる。
知り合いであっても知り合いでないキッドなら、多分後腐れない。
それに気障なアイツのことだ、男でも多分耐えられるだろう。
多分自分も耐えられる。
ついでに、向かうことになるであろう服部の怒りもキッドなら上手くかわせそうだ。


そんなワケで、新一はキッドを呼び寄せて服部の前でキスしてみせたのであるが・・・・。



そのキスが曲者だったのだ・・・。



新一としては、服部が納得するまでの間触れていればいいだろうと思っていたわけなのだが。やや困惑気味であったキッドの空気が、不意に楽しそうなものに変わったと思ったら・・・・。







「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」









(今思い出すだけでも恥ずかしい!!!!!!!)



不本意なのだが・・・それはもう本当にもの凄く気持ちがよかった。
実は、キッドが殴りかかってきた手を避けるのに動くまで、そこに服部がいるのも忘れていた。立っているのもやっとだったように思う。

世紀の大怪盗と言われるくらいなのだから、それこそそれなりの経験を積んでいるのであろうけれども、どう考えたって年は近いはずである。
なのにあのキッドの余裕綽々の態度と言ったら・・・!!!!!
こちらはあんなに翻弄されてしまったというのに、アイツは平然と服部の攻撃を避けていた。



(・・・・・・・むかつく!!!!!!)
「こうなったら絶対アイツを骨抜きにしてやる!!!!!!!」
こうして新一の中で、どうしてキッドはキスが上手いのか、という問いが、キッドよりキスが上手くなって見返してやる!という決意に変わるまで、大した時間は要しなかった。




・・・・・・・・・・・名探偵は負けず嫌いだったのである。












罪を暴き出すようなサーチライトの光りが、月夜の空に幾筋も伸びているのが覗えた。
展示会場のあるビルの屋上から、ふわりと飛び立った真っ白い影を、警察官達が怒声とともに追いかけている。

新一は静まりかえった廃ビルの屋上で、イヤホンから聞こえてくるその様子に耳を傾けていた。
「・・・・中森警部はどうしてああも簡単にダミーに引っ掛かるかな・・・」
しかし、中森があっさりダミーに引っ掛かってくれたおかげで、待ち人はそう遅くならずに現れることだろう。
新一は、ほんの少しだけ口の端をつりあげた。


先日の出来事から二週間。
新一は、決意したその日から努力した。
家にあるキスシーンの出てくる本を読みなおし(と言ってもこれはあまり役に立たなかったのだが)、人体―主に口内―に関する資料を読みまくり、果ては変装までして、恥ずかしくて死にそうになるのを我慢してそういった類いの本(家になかったのだ)を購入し、研究した。
しっかりと知識をつけて、さぁ来いとばかりに待つこと4日。
ようやく出されたキッドの予告状をこっそり高木刑事から手配してもらい(感謝だ)、逃走経路を割り出して今に至る。


絶対にキッドを立てなくしてやる!!!!!



決意も新たに闘志を燃やしていると、一瞬の空気の流れの後、凛とした気配が音もなく新一の眼前へと降り立った。
僅かの沈黙の後、気障な怪盗は優雅に一礼をする。
「これはこれは名探偵、今宵は警備には参加していなかったご様子ですが?」
自分を待ち伏せていた割りに追い詰めようとする気配が覗えず、怪盗は不思議そうに問うてきた。
「今回は私用だからな」
まぁついでに宝石返しといてやってもいいけど。そう言う新一に、キッドは苦笑すると、
「少々お待ち頂けますか?」
ゆっくりと手の中に眠る石を月に翳した。

新一は幾度かキッドがこうする場面に遭遇しているが、それはどこか厳かな儀式めいていて、張り詰めた空気の中に佇む彼が、ひどく綺麗に見えてしまうことがあった。

ぼんやりとキッドの一連の動作を見ていた新一だったが、やがて空気が穏やかな流れになるのを感じとって、どうやらそれはキッドの求めていたものではないのだと知る。近付いてきたキッドの手から宝石を受け取ると、自分のハンカチでそれを包み、ポケットへと落とした。

「それで?」
私用というのはどういった用件でしょうか?
不思議そうに訊いてくるキッドのシャツの袖口を引っ張って、一歩自分のほうに近付けさせる。
頭の中で、叩き込んだ知識をもう一度リピートさせると、新一は意を決したように口を開いた。


「リベンジだ!」

「え・・・どういっ!?」


キッドが問い返してくる前に、襟を掴んで引き寄せると、強引に唇を重ねた。



ほんの数秒呆然としていたキッドだったが、されっぱなしが腹立たしいのか、すぐに立ち直ると新一の腰に腕を廻してきた。
(―――コイツ、何でこんなに立ち直り早いんだよ)
むかつきながらも、新一は蓄えた知識を頼りに一生懸命舌を絡める。
















が・・・・・・・。








長いのか短いのかわからない時間が経過した後、すっかり肩で息をしながらキッドに寄りかかっている新一だった。
キッドは新一を落ち着かせるかのように髪を梳いている。それがまた気持ちよくて、新一は余計にむかついてきた。
(っくそ!折角恥を忍んで勉強してきたってのに・・・!!)
蓄えた知識も、思考ごと快楽に奪われてしまえば全く意味を成さないものだった。
(またコイツは余裕綽々だし!!!)
顔を赤くしながらも、ようやく落ち着いて思考も戻ってきた新一に、髪を梳く手をとめないままキッドが訊ねてきた。
「・・・それで、名探偵。何がリベンジなの?」
いつもよりやや砕けた口調のキッドに、もしかしたらこれが地なのかな、などと思いながらも、訊かれた問いにまたムカムカしてくる。

「何がって!!!!!」
文句を言い募ろうとして、新一ははたと気づく。

キッドのキスが気持ちよかったのが悔しいから、絶対オレのキスでキッドを骨抜きにしてやると決意してきた。
(・・・・なんて言えるかっ!!!!!)
みすみす相手を誉めて負けを認めるなんて、誰が言うものか。勝つまでやって自分が納得できればいいのだ。

「・・・・・何でもねぇ」
荒げた声を落とし、視線を逸らしてしまう新一を暫く見つめていたキッドは、不意に楽しそうな笑顔になると、
「そうですか、それでは今日も家までお送りしますよ」
そうして新一を抱いて夜空へと飛び立った。






「次のリベンジ、楽しみにしていますね」
そう告げたキッドの口頭部に、新一愛用の枕がヒットするのはこの後すぐのことである。





































































































































































































































NEXT


続くかなぁ・・・?
また下らないものでお恥ずかしい限り。