工藤新一は再び悩んでいた。





                                  ―――サクランボ闘争。







「う〜〜〜〜〜〜〜〜ん」
最近悩みっぱなしの名探偵に、彼の大切な幼馴染などは、よほど難解な殺人事件でもあったのだろうと世の中を憂いている。
けれど、世の中まで心配されるほど深刻な表情で悩む名探偵の頭の中は、




・・・・・・何でキッドはいつまでたっても骨抜きにならないんだ!?




そんなことばかりでいっぱいだった。
日本警察の救世主の頭の中が世紀の大怪盗とのキスでいっぱいというのは、それはそれで世の中を憂える事態かもしれないのだが。

実は、キッドへのリベンジを固く誓った新一は、あれからずっと、一課の要請がない限りキッドの現場へと赴いていた。(ちなみに予告状はキッド本人に頼んで工藤邸に届けてもらっている。米花町消印の郵便で届くあたり何か地味だ。)
毎回逃走経路で待ち構え、毎回復讐を図る。
キッドもまぁ律儀に付き合ってくれているので、毎回今度こそはと思うのだが。
・・・・・・・・・・気がつけば、いつも骨抜きにされているのは新一のほうだった。
(毎回毎回恥を忍んで知識をつけていくのに・・・!!!!)
どうにも知識だけでは到底及ばない世界に、流石の名探偵も手詰まりだ。
「・・・・はぁ」
思わず漏れてしまった溜息に、自分の前の席に座って蘭と話をしていた園子が振りかえる。
「どうしちゃったの?新一くん」
問いかけてくる園子を、新一は思わず凝視した。
「・・・・・・・・・・・・・・」
不思議そうに首を傾げる少女に、新一はふと、疑問が頭を過る。
(園子はこういうこと、詳しいんじゃねぇのか?)
そう思った瞬間、
「なぁ、キスってどうやったら上手くなるんだ?」
新一の口からは問いが発せられていた。




「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」








クラス中がたっぷり5分は沈黙した中、名探偵は至って深刻そうな顔だった。




5分後漸く復活した、爆弾発言をかました名探偵の幼馴染は、あぁきっと抱えている事件が愛情の縺れからくる難事件なんだわと、自分を納得させている。過去にブラのワイヤーについて訊かれたことだってあるのだし、今回だって似たようなものに違いない。
「きっと、ここのとこずっと悩んでた事件の解決の糸口なのよ」
そうして相変わらず固まっていた親友に、答えてあげてと優しく促す様は、もはや聖母のようである。
「あ、あぁ、そういうことかぁ・・・」
親友の助言に漸く意識を取り戻した園子は、ちょっと残念そうに(…)それならば協力してあげましょうと新一に向き直った。
「いい?新一くん!」
「お、おう」
勢い込んで喋り出す園子に、新一も姿勢を正す。一語一句聞き漏らさないよう真剣な顔をする新一に、園子はにっこり笑って、


「サクランボよ!」
そう告げた。




一番手っ取り早い解決方法は実践だと思うんだけど、まずそう断りを入れた園子はそれはそれは楽しそうに語った。
サクランボの枝があるでしょ?
あれを舌で結べる人はキスが上手って言うのよね〜。
だから、サクランボの枝が結べるようになったら、キスも上達するんじゃないかしら?
そう言って笑った園子に、新一は素直に感心した。
世の中まだまだ知らないことはあるものだ。早速帰ったら挑戦してみようと意気込む新一に、
「一体どういう事件なの?」
心配そうに幼馴染が問いかけてきた。
「ちっとも解決しねぇんだよな・・・」
でもこれで、何とかなるかもしんねぇな。
そう呟いてどこか遠くを見つめる名探偵の頭の中は、やっぱり怪盗とのキスでいっぱいだった・・・。










「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・工藤くん?」
「お〜〜〜ひゃいばら〜」
その日、借りていた本を返そうと工藤邸を訪れた隣家の少女は、非常に奇妙な光景を目にした。
机の上に広がる、何パックものアメリカンチェリー。そのうちの1パックは枝がついていなかったが、どうやらこの家の住人はそれを食べる気はなさそうだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いったい何をしているか、訊いてもいいかしら・・・・?」
訊いたところで頭の痛くなる答えしか返ってこないことは予測できたが、だからと言って、彼が何故そんなことをする必要があるのか?
微妙な顔で問いかけてくる少女に、暫くむぐむぐと口を動かしていた新一は、
「にゃにって」
言いながら、口の中から何かを出すと、それを近くに置いてあったゴミ箱へとポイっと投げ入れた。
「練習」
はぁ〜〜〜難しいなぁ〜。そんなことを言いながら、また新たなチェリーへと手を伸ばす新一に、哀は予想通り訪れる頭痛に溜息を零した。
「・・・・・何のために、というのは訊いても構わないこと・・・?」
練習という答えは予測できたが、彼がそれをする必要性を全くといっていいほど見出せなかった。だって、新一が昔淡い恋心を抱いていた幼馴染の少女は、長い時を一つ屋根の下で暮らすうちに、家族同然の存在へと変わってしまったはずだ。それ以降、彼にちょっかいをかけてくる人間はいたけれども、彼が好意を寄せる相手というのにはお目にかかったことがない。そんな相手ができれば真っ先に自分は気づくはずなのに、これは一体どういうことか。
胸中複雑な哀の疑問に、
「う〜ん、リベンジするため?」
新一の口から返された答えは、更にわけのわからないものだった。







「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そう」
随分と長い沈黙の後、探偵の口から語られた事情に哀は何とも言えない顔をした。
負けず嫌いなところは、工藤くんらしいと言えばらしいのだけど・・・。
(・・・それでいいの!!!!!?????)
何か間違ってやいないかしらと思いたくなるのは私だけ!?
内心ひどくツッコミを繰り返している哀に対して、当の新一はと言えば、相変わらず、できねぇな〜〜〜難しいなぁ〜〜とむぐむぐしている。
「・・・・・・・・・・・」
事情を聞く限りでは、そもそも最初に仕掛けたのはこのすっとぼけた探偵であるようだし、その後もこんな茶番を続けているのは、やっぱり天然探偵の意思のようだ。
怪盗はと言えば、探偵のリベンジにカウンターこそ発動するが、今のところ不埒な真似をする気はない様子。
とりあえず探偵のリベンジさえ成功すればいいのだからと、哀はこれ以上こんなことで頭を悩ます必要はないと、必死に自分を落ちつかせた。
だがしかし。
このままちっとも名探偵のリベンジが成功せずにひたすらこんなことを繰り返していたら、いかな怪盗紳士といえどいつかは変な気分になってしまうのではないか。そうなったら、そもそも仕掛けたのが探偵である以上逃してもらえない気がする。
気どころではない、絶対そうだ。
直接(変装を含むが)顔を合わせたことなど本当に数度しかなかったが、想像するにあの人は絶対上手くやる。
(・・・・貞操の危機じゃない!!!!!)
妙な確信とともに怪盗を思い浮かべた哀は、はっきりいってまずい状況にちょっと動揺した。
だってこの探偵は・・・・はっきりいって可愛いのだ。
サクランボの枝を必死にむぐむぐやっているところは・・・繰り返すが可愛いのだ!
これはもう、はやいとこリベンジを終了させてもらうしかないと、哀は仕方なしに助言することにした。
「予告日までに出来なかったら、直接怪盗さんに作り方を教えてもらえば?」
きっとこのおとぼけ探偵のことだから、とりあえずは枝を結べるようにならないと納得できないことだろう。
(何故だかありえないとは思うのだが)仮に怪盗が結べなかった場合、それはそれで自分と大差ないのだと思ってくれるはず。
とにもかくにもリベンジ成功への第一歩だ。
ちなみに、他の人には間違っても作り方を訊いてはいけないと釘をさした。(だいたいできそうな人に心当たりがない。)
特に関西の黒い人やコスプレ探偵は何を誤解するかわかったものではないし。
「う〜ん、そうだなぁ。アイツも出来なかったらそれはそれで笑えるし」
そんなことを言いながら、変わらずむぐむぐしている探偵に、哀は本日何度目になるかわからない、なが〜〜〜〜〜〜い溜息を零した。






そしてまた、工藤邸に白い封筒が配達され。
結局もう少しで結べそうなところまでいくのに、後ちょっとが上手くいかない探偵は、怪盗の予告日、サクランボ持参で自宅を後にした。


キッドを待っている間も、新一は相変わらずむぐむぐやっている。
ここ最近暇な時はいつもやっている。始めた時よりは、よほど結んだ状態に近いところまでいくようになったが。
(・・・こんなんでホントにキスが上手くなるんかな)
ちょっとだけ疑問に思う新一だった。

そうこうするうちに、空気の流れが一瞬変わり、ふわりと眼前に降り立つ白い影。
「こんばんは、名探偵」
怪盗キッドは、今日も私用で訪れたであろう名探偵に優雅に挨拶した。


キッドが宝石を確認するのを待って、新一は彼に近付いていく。
「よっ」
気軽に挨拶をして宝石を預かった新一に、怪盗キッドは数秒沈黙する。
「・・・・・・・・・名探偵」
「何だ?」
「・・・・・・・・何を持っているのですか?」
「サクランボ」
「・・・・・・・・何のためにというのは訊いてもいいことですか?」
「何か誰かに同じこと言われた気がする」
それは灰原女史ですが。
新一はキッドを見て、
「・・・・たいしたことじゃねぇよ。ちょっと気になることがあってだな・・・」
ぼそぼそと拗ねたような声で言い訳めいたことを口にする。そうして恥ずかしそうに視線を逸らした名探偵に、おおよその事情を察してしまった怪盗が、
(・・・・・・・・・・・・・・可愛い)
うっかりそんな感想を持ってしまったとしても責められぬ話だ。

「んなことより!」
自分が一生懸命練習していただなんては知られたくないと思っている新一は、慌てて本題に入る。
「オマエ、結べるか?」
「・・・さぁ、どうでしょう・・・?」
やってみないとわかりませんね、そういうキッドに新一はサクランボを無言で一つ差し出した。
「・・・・・・」
(・・・・これはやれってことだよな・・・・?)
キッドがそんなことを考えながら差し出されたサクランボを凝視していると、それが更にずずいと近付いた。
仕方なく、キッドはそれを受け取ると枝を口に含む。
実は、できなかったら格好悪いなぁ〜などとキッドが思っているとは想像もつかない名探偵は、それはもう目を皿のようにしてじっとその様子を見ていた。

暫くむぐむぐと口を動かしていたキッドだが不意に動きをとめると、ゆっくりとした動作で手を口元まで持っていった。
そうして―――
「はい、できた」
怪盗の手にはきちんと結ばれたサクランボの枝がのせられていた。

暫くそれをじっと見つめていた新一は、
「・・・・・・何で出来んだ」
非常に面白くないと言った風な声をだした。
「・・・もしかして名探偵・・・」
「るさい!オレのことはどうでもいいだろ!!!!!」
キッドが続けようとした言葉を予想して、慌てて新一が遮る。
それを実に楽しそうに見つめていたキッドがふいに何かを思いついたような顔になった。
「なぁ、名探偵もやってみろよ?」
「・・・・・・・・・・」
(ここでわざわざキッドよりキスが下手であることを証明するのか・・・?しかし、やらなかったらやらなかったで、コイツは勝手な解釈をするだろう・・・)
ムムムと新一の眉間に皺がよっていく。
実は、やり方を訊くのはやっぱりちょっと癪だったので、怪盗が結ぶところを観察していれば何かコツがわかるかもしれないと怪盗にサクランボを渡したのだが、結局それもわからないままだった。今更やり方を訊くのは絶対イヤだ。
どうしようかと躊躇う新一に、キッドはにっこり笑って
「な?」
もう一度促す言葉を口にした。


(くっそー、後で覚えてろ!)
はっきり言って八当たりでしかないが、新一はキッドに対して心の中で文句を言いつつサクランボを手に取る。
「・・・・・・・・・」
今度こそ出来ますように・・・こっそりとそう祈らずにはおれない新一だった。


サクランボの枝を舌先で丸める。
上顎や歯を使ってどうにか形にしようと思うが、やはり中々上手くいかない。
(・・・負けねェ・・・!)
そんなことを考えながら必死で戦っていた新一は、目の前でキッドの笑みが深くなったのを見逃した。

(やっぱ難し・・・・い!?)
口の中に集中していた新一の頤に、不意にキッドの手が触れた。
それを意識する暇なく重なる唇――――。

「・・・・ン―――!!!」















漏れ出す吐息さえ絡めとるような深いキス・・・。


散々貪られ膝から力が抜けた頃、漸く解放された。
いつものようにぐったりと腕の中に倒れこんでしまった新一の髪を、キッドが優しく梳いている。
「・・・・何、すんだ・・・・」
「何って、いっつも名探偵からだし、たまにはオレからでもいいだろ?」
(・・・それじゃリベンジの主旨に合わないような・・・・・・・・・・ま、いっか)
上手く働かない頭で考えようとしたが、もう一度唇を軽く啄ばまれ、思考は霧散した。
繰り返し降ってくる軽くて柔らかな感触に、こういうキスも気持ちいいなぁとぼんやり思っていると、
「名探偵、口開けて?」
そう言われた。特に疑問も持たずに口を開けると、不意に唇を塞がれる。
しかし今度はすぐに離れていって―――。
「?」
不思議に思って視線で追った先、キッドが何かを咥えているのが見えた。
「・・・・あ」
サクランボ・・・・。

キッドとのキスのせいで存在をすっかり忘れていたが、そういえば枝を結ぼうとしていたのではなかったか・・・。
結局うやむやになってしまった・・・新一がそう思っていると、キッドが咥えていたものをひょいと指で摘んで新一の目の前に差し出した。
「ほら」
目の前にぶら下がったそれには、しっかりと結び目ができている。
「出来るじゃねぇか」
名探偵も、キス上手いよな〜。
そう言って笑うキッドに、新一は、
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
あんぐりと口を開けた。
(確かに結べてるけど・・・・)
これってオレが結んだことに何のか!?
何となく釈然としない。
だいたい、キス上手いよな〜って・・・
「じゃぁ何でオマエはいつも平気なんだよ!!!」
オレがキス上手かったら、とっくにオマエ骨抜きだろう!?
思わず声を荒げてつっこんでしまった新一に、キッドは笑って、
「平気じゃねぇよ?」
だけどホラ、怪盗だから。常にポーカーフェイスでいないとな〜〜〜。
そう言った。









釈然としない気分のまま、いつものように工藤邸まで送ってもらって。
別れ際、
「キス、前回より気持ち良かったぜ?練習した甲斐あったな!」
そう言って夜空に戻っていく怪盗に、
「・・・・!!!!!!!!!くっそー覚えテロ!次こそ絶対骨抜きにしてやる!!!!!」
顔を真っ赤にした探偵は、新たなリベンジを固く心に誓うのだった・・・。
































































































































































































































































































































NEXT


だらだらと長くなってしまいました・・・。(汗)
その割に絡むシーンが少なくてつまらない・・・。
まだ続く・・・・?(自分でもわかりません)