――――黒羽快斗。
昨日意気投合して、夜遅くまで喋り通してしまった彼はそう名乗った。
彼は話上手であり、聞き上手だった。知識も豊富であったし、また察することも上手い彼とは行動を共にすること自体が楽に思えた。今まで自分のスピードで会話の応酬ができる相手があまりいなかった新一にとって、彼は非常に新鮮だった。
住んでいる場所は結構近所だったらしく、帰り道だからと家の前まで送ってもらった。
普段なら断るところなのだが、正直あまりに会話が弾んでしまったため別れ難かったと言える。
それに、彼の持つ空気は、不思議なことに新一に馴染むというか・・・どこからくるのかわからないが、妙な安心感があった。
携帯を訊いて、履修科目を訊いて。
また飯でも一緒に食おうと約束した。
学部は違うのだが、偶然にも一般教養科目はほとんど同じものを履修していたので、互いがきちんと授業に出てさえいればまたすぐ会えるだろう。
新一は大学に入学して以来初めて、いまいち興味の湧かなかった講義に出席するのが楽しみになっていた。
「・・・・ふぁ」
ざわざわと教室内の多くの生徒がお喋りに興じている。
講義が始まる直前の休み時間は、他愛ない会話で盛り上がるにはもってこいの時間だ。
階段教室の一番後ろの左端を陣取った新一は、睡眠不足からくる睡魔に身を委ねようとしていた。
昨夜は滅多にない勢いで喋ったせいか、家に帰ってからも気分が高揚していてなかなか寝付けず、なんとなく小説を読み始めたのだが、それがまた面白くて読破してしまい、結局ベットに入ったのは空が白み始めた頃だった。
気だるさに大きく欠伸をしていると、ブゥゥゥンとポケットにしまった携帯が振動した。
事件かと思い幾分気を引き締めて携帯を見やれば、メールの着信を告げる画面。
(相手は――――黒羽快斗。)
昨日別れてから初めて届くメールに、新一の頬が僅かに弛む。
相手も自分との交流を継続させようと思ってくれているのが嬉しかった。
そんな気分のままに画面を開くと、
『でっけぇ欠伸!』
何とも失礼な一言。
慌てて辺りを見回せば、階段を上ってこちらに近付いてくる、メールの発信者の姿が目に入った。
「よ、はよ」
「・・・・・はよう・・・」
「寝不足?」
「・・・見てんなよな」
あんな大欠伸してたとこなんて。
拗ねたように呟く新一に笑いながらメールの主は新一の隣へと腰掛ける。
「昨日遅くまで喋っちゃったからな。そのせいだったら悪いと思って」
「ちげーよ」
顔色を覗きこんでほんの少し心配そうな表情をする男に、慌てて否定の言葉を口にする。
自分が遅くまで付き合わせた気さえするのに、気にさせては申し訳ない。
「・・・・・・・・・本読み始めたら、とまんなくなってだな・・・・」
自己管理が出来ない様を暴露するようで些か気がひけたのだが、仕方なく理由を述べると、
「あはは、新一ってホントに本好きだったんだな!」
昨晩口にしていたことが事実であったのだなと、感心したような笑みを向けられた。
「いいじゃねぇかよ。それより快斗、オマエこの講義いつも一人で受けてんのか?」
何となく、よしよしとでもされそうな雰囲気に悔しくなって、新一は話題転換を図る。
それは快斗が隣に腰掛けてから、気になっていたことでもあった。
ちなみに会ったばかりであるが名前で呼び合っているのは、どうせ親しくなりそうだから、そんな理由から昨日決まったことだ。
「ん〜?友達と受けてるときもあるぜ?今日は新一の欠伸が見えたから」
おねむな新一くんの変わりにノートでもとってやろうかと思ってさ。だから寝てて構わないぜ?
「・・・・何だソレ」
ムっとしたような顔を見せながらも、正直ノートを取るのは辛そうだと思っていた新一は快斗のさり気ない優しさに嬉しくなる。
これが服部だと、眠そうなのに気づかずにお喋りに付き合わされる場合が多い。
「まぁまぁ。それよか新一は?新一も一人で受けてんの?」
「あ〜、オレもたまに友達と受けることもあるけど、大抵どの講義も一人だぜ?」
服部が一緒に聴講している授業はあったが、それを覗けばほとんど教室の隅でひっそりと授業を受けている。
警部からの要請を受ければ授業中であろうとほいほい出向いてしまう自分としては、そのことをあまり騒ぎ立てられたくはなかった。それ故に既にそれが日常と化していた高校時代の友人と授業を受けることはあっても、まだ慣れていない大学に入ってからの友人たちとはあまり行動を共にしていなかった。
「んじゃ、被ってる授業に関してだけだけど、新一が事件で来られない時はオレがノートとっといてやるよ」
「マジ!?」
昨夜交した会話の中で、新一が頻繁に事件に呼び出されることや、その都度偶々居合せた友人知人にノートを借りねばならないこと、そして毎回同じ人から借りられるわけではないので、それが非常にわかりずらいものであることを漏らしたことを覚えていたのだろう。
快斗の申し出はそんな新一にとって願ったりであった。
「その代わり高いぜ?」
意地悪そうな笑みをみせてそう言う快斗の、貸し借りを残させないような心遣いがまた、新一の中で彼の印象を良くした。
NEXT
ようやく出会いました…。
先は長い・・・。