耳に差しこんだイヤホンから、警官達の怒声が聞こえてくる。
警備に参加しない変わりに現場にさり気なく仕掛けさせてもらった盗聴器から、今夜も怪盗の犯行があっさりと成功したことが伝わってくる。
この分ならもう暫くすればヤツはここに姿を現すだろう。
新一は息を詰めて怪盗が現れる瞬間を待った。

ほどなくして視界を覆う真っ白な影―――。
どこからともなく現れた怪盗キッドは、音もなく新一の眼前へと降り立った。
「よぉ名探偵」
「久しぶりだな、キッド」
この姿に戻ってからまみえた事はほんの数回しかなかったけれども、彼はコナンであった時と同じく不遜な態度で接してくる。その変わらぬ対応がどちらもちゃんと自分自身であったのだと告げているようで、絶対に伝えることはないけれど、新一は彼と会うときはいつも少しだけ心が温かくなる気がしていた。
「オマエがここにいるってことは、今回の暗号は警察にはちょっと難易度が高かったかな?」
「バーロ、オメーがわざわざオレにまで協力要請がくるよう仕向けたんだろーが」
「その割には警備には参加して頂けなかったようで残念」
軽口の応酬さえも張り詰めた緊張感の中にあって心地よい。
わざとらしく溜息をついたキッドに、新一は確かに一度は気兼ねなく対決してみたいものだと思った。
「ったく。だから、オメーの現場はやりずれぇんだよ」
無茶言うな、そう続けた新一にキッドは肩を竦めるとほんの少しだけ笑った。

(―――あれ・・・・?)

キッドはその後に特に言葉を続けることなく、本日の獲物を一二度手のうちで転がすと、ゆっくりと頭上に掲げている。

(・・・なんだ・・・?)
一瞬、どこか・・・とても自分に馴染んだような感覚が新一の胸を過った。
「・・・キッド?」
「?何だ?」
頭上に掲げていた手を下ろし、振り返るキッド。別段いつもと変わったところは見受けられない。
(・・・・・・・?)
「あ、いや・・・・それ、必要なものなのか?」
「いいや」
「なら返しといてやる」
新一は、ゆっくりとポケットに突っ込んでいた手をキッドに向けて差し出した。
「・・・・」
少しの間を置いて、キッドが新一へと近付いてくる。
先ほど感じた感覚は何なのか。
新一はポーカーフェイスの下で、答えを取りこぼさないようキッドへと意識を集中させた。
眼前に立ったキッドが、新一の手のひらにそっと盗まれた宝石をのせる。
「わりぃな」
そう言って苦笑するキッドの、微かに触れた指先に、新一の中でまた何かが引っ掛かった。
「バーロ。オレが現場に来るよう仕向けた理由に、宝石自分で返却すんのが面倒だからってーのもあるんじゃねぇの?」
目まぐるしく自分の記憶を思い浮かべながらも、悪戯でもするような目つきで軽口を言えば、
「まぁな」
キッドは曖昧な表情で微笑んだ。



(・・・・・・あぁ。)



そうして二言三言軽口を交し合ううちに、漸く自分たちが追っていたものがダミーだと気づいた警察が追尾態勢の変更を告げる無線を流す。
イヤホンからそれを聞き取った新一は、
「警察が追尾態勢を変更した。逃走しづらくなる前に行けよ。宝石はちゃんと返しといてやるから」
キッドに向かってそう告げた。
「・・・捕まえねぇの?」
少しだけ訝しげに問いかけてくるキッドに、
「捕まりてぇの?」
新一は逆に問い返すと、軽く肩を竦めた。
「・・・・・・」
「どうせなら警備からしっかり参加して、盗んだ直後に現行犯逮捕がいいだろ?」
もう宝石返してもらったから、捕まえる気もおきねーな。
そう言って、さっさと行けとまるで犬でも追い出すような仕種で手を振る新一に、
「じゃ、今度は警備に参加してくれるのを期待してるぜ?名探偵」
キッドは言いながら優雅に一礼すると、来た時と同じように音もなく夜空へと舞い戻っていった。


途端白い影を失った屋上は、月明かりを浴びながらも随分と暗くなる。
キッドが飛び立った方向を見つめながら、新一は何かに納得したような表情をしていた。

















































































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進まない…。