新一が快斗と出会ったのは、まだ新緑も眩しい季節のことである。




漸く履修科目の登録も終了し、本格的な授業が開始されてまもない頃。
新一は、休講情報を確認しようと向かった掲示板の前でその姿を見つけ、思わず言葉を失った。



新一は、快斗を知っていた。
正確には快斗を知っていたわけではないが、そこにいる人物を知っていた。



―――――――――――――怪盗キッド。



その時は、恐らく視線に敏感であろう彼に気づかれないようするのにいっぱいいっぱいだったのだが(というか今思えば完全に混乱していたのだが)、頭の中では随分色々なことがごちゃごちゃとしていたように思う。
それが素顔なのかとか、やっぱ年近かったのかとか、まさか同じ大学だったのかとか、だいたい何でオレわかっちゃったんだよとか、
―――――――――当たり前なのだが、彼にも日常があったのか、なんて・・・。

咄嗟に叫ばなかっただけ自分を誉めてやりたいが、新一はとにかく驚いていた。
動揺のままに、彼を捕まえるべきなのかどうなのか、捕まえないにしても見逃してしまっていいのだろうか、だからといって証拠があるわけでもないし何と声をかければ・・・などと考えているうちに、いつの間にか数分の時間が経過していたようで、彼はいなくなっていて。
「まぁいいか」
彼を捕まえるなら現場でだと、その時はそれ以上気にすることもなく。
同じ大学とは言えこれだけの生徒数を誇る学校で人一人と出会う確立など決して高くはないのだから、きっともう姿を見ることもないだろ、そう思っていた新一だったが・・・。


次の日あっさり学食で飯を食う彼を発見してしまい、新一は再び沈黙してしまうのであった。
(あ〜怪盗キッドが360円の味噌ラーメン食ってる・・・)
あんな気障ったらしい怪盗が…、普段桁が違うビッグジュエルを手にしている怪盗が…、360円の味噌ラーメン。しかも430円の葱味噌チャーシューメンではなく、360円の普通の味噌ラーメン(トッピングなし)だ。
そんなギャップに、もともと怪盗を気にしていた新一が、うっかり興味を抱いてしまうまで三日とかからなかった。

一度気にしてしまうと後は勝手に視界が彼を拾うようになり、どうせならと気づかれないよう密かに観察を始めた新一だったが、垣間見た彼の日常は驚くほどに平凡だった。
授業を受ける彼、学食で飯を食う彼、図書館で本を読む彼。
授業中に別の本を読んだり、学食のおばさんにご飯大盛りを頼んだり、司書のお姉さんと軽口を交したりと至って普通の学生生活を送る彼に、気付いたことといえば、彼が非常に巧妙に大多数の中に自分を埋没させていること。(あれだけの存在感を持っているくせに全くそうと気づかせないことに、怪盗の凄さを垣間見た気がした)

それから、時折一人で、何の感情も浮べずに空をぼんやりと眺めていることだった
――――





「何見てんだ」


そう声をかけてしまったのは、探偵である自分を認識した彼がどういう反応を返すか気になったのもあるけれども、あんなに日常生活を愛しそうに送っているくせに、まるでここにはないものに焦れるかのように一心に空を見詰め続ける彼の、求めているものを知りたかったからかもしれない。


―――――――――――空を」


そうしてこちらを振り向いた彼に、新一は何故だか奇妙な満足感を覚えた。
思えばその時から、彼の瞳を自分に向けたいという欲求が生まれていたのかもしれない。

「ふぅん」

(・・・驚いた様子はないな)
もしかしたら、細心の注意を払っていたつもりだったけれど、観察していたことに彼は気づいていたのかもしれない。
(となれば・・・・)
返事は得られたけれど、素性は隠されそうだし、上手いこと遠ざけられたり、もしかしたらもう二度と彼を目にすることがなくなるなんてこともあるかもしれない・・・そんな危惧を抱いた新一だったが、しかし、

「黒羽快斗」

次に続いた言葉に、僅かながら目を見張ることになった。

「え・・・」
表情にはあまり出ていなかったと思いたいが、それでも内心では充分過ぎるほどに驚いていた新一が、まともに言葉を返せずにいると、
「オレの名前」
空を見上げていた男は、しっかりと新一の瞳を見て微笑んだ。

「あ、あぁ、オレは工藤新一」
知ってると思うけど、新一の心の中で続けられた言葉は、あっさりと黒羽快斗と名乗った男に引き継がれた。
「知ってるぜ、有名人だもんな」




それから新一は、黒羽快斗と時折話すようになった。
少しでもボロをだそうものなら絶対に捕まえてやろう、そして彼の謎を暴いてやろうと、最初そう考えていた新一は、そんな自分は警戒されて当たり前だと思っていた。
どうやって自分を誤魔化すのか、どんな顔で接してくるのか、日々彼の反応をつぶさに観察していた新一だったが、しかし彼は予想を裏切って、新一に対して特に境界線を引くことも、遠ざけるようなこともしなかった。
警戒するどころか全くの無防備。別にボロを出しているわけではなかったが・・・・。

(怪盗キッドがそんなんでいいのかよ・・・?)

思わずそんなことを考えてしまう新一だった。



―――――そして。
言葉を交していくうちに、いつのまにか。
波長が合うのかなんなのか、彼と一緒にいることを心地よいと感じている自分がいて・・・。
怪盗なんかやっているせいなのか、博識で頭の回転の速い彼との会話は楽しくて・・・。
勿論彼は新一が正体に気づいているのを知らないけれど、彼が怪盗だということは、新一の他人に言うことのできない秘密を知っているということで、無理に隠さなくてもいい気安さからなのか・・・、気がつけばほとんど毎日一緒にいるようになって・・・。


所謂親友とはこういうものかもしれないと、新一は段々とそんなことを思うようになっていった。



けれど。
一緒にいる時間が長くなるにつれ、捕まえてやろうとか、謎を暴いてやろうとか、そう言った感情が日常に湧きあがってくることはなくなって。変わりに、新一は次第に膨れ上がっていくやるせなさを持て余すようになった。


―――――――――快斗は自分に正体を打ち明ける気がない。



人には他人に言えないことがあって当然だと思うのに、どうしてか納得できなかった。
彼が自分に打ち明けてくれないことに・・・。
別に誰がどんな秘密を持っていようが、相手が隠すことを望むのなら、それでいいと思っていたはずだった・・・。
なのに快斗が話してくれないことが、ひどく苦しい。もしかして、自分ではない誰かが彼の秘密を共有しているかもしれないと考えると、どうしようもなく切ない。


どうしてか”快斗”の秘密に拘っていた自分。
そして気づいた・・・。
自分は彼の特別になりたいのだと

誰にも言えない秘密を打ち明けてもらえるほどの
―――――――










































































































































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新一さんストーカー…。