膝を抱えて、嗚咽を必死に我慢した。
なのに涙は堰を切ったように溢れ出て膝を濡らす。
もう本当にわけがわからない。
どうしたらこの胸のキシキシとした痛みをなくすことができるのか。
わけがわからなくて、黒羽のことを思って。
また涙が溢れて―――――――――。
思考にどっぷりとはまってしまっていた新一は、再び扉が開いたことに気づかなかった。
ふいに頬にふれた温かさ。
びくりとなって見上げた先には、
「・・・く、ろ・・・ば」
先ほど出て行った筈の男が立っていた――――――――。
穏やかな顔をした黒羽が、ゆっくりと新一の頬の涙を拭う。あれほど溢れ出てきていた涙は、驚きにぴたりととまっていた。
呆然としたまま固まっている新一に、黒羽は苦笑すると、
「アイスノン買ってきた」
左手に持っていたコンビニの袋を軽く上げて見せた。
胸の痛みはまだ燻っているけれど、今はそれ以上にあたたかなものが溢れている。新一は、黒羽の買ってきたアイスノンを目にあてながらほぅと息を吐き出した。
黒羽が髪を撫でていた。
(そういえば、黒羽に文句言おうと思ってたんだ――――――――)
ようやく落ち着きを取り戻した新一は、当初の目的を思い出す。
(・・・文句・・・みたいなことはさっき言ったような気もするけど・・・)
新一は先ほどの自分を思い出して無意識に顔を赤くした。
わけのわからない感情の渦が去ってしまえば、自分でも何故あれほどに取り乱したのかと不思議だった。
出ていけなんて言ってしまったけれど・・・戻ってきてくれてよかった。
これで今度こそきちんと文句が言える。
(そうだ・・・・)
――――――――服部。
アイツに抱かれそうになったことを思い返しただけで、新一は背筋がぞっとするのを感じた。
この嫌悪感を作る原因になったのは、黒羽だ――――――――。
黒羽には、嫌悪感を消して貰わなければいけない。
たとえ彼女を抱いた腕でも、一瞬でも彼の意識が自分に向けられるなら、それでもいい、そんなことが新一の頭を掠めた。
「・・・なぁ、黒羽」
「うん?」
「・・・やろうぜ?」
髪を撫でる黒羽の手がとまる。
「・・・工藤」
「・・・昨日、服部に抱かれそうになった」
「・・・・・」
「体中気持ち悪くて仕方ないんだ」
「・・・・・」
「オマエに抱かれたからこうなったんだ。オマエにはそれを消す義務がある」
「工藤・・・」
「だから・・・」
「・・・・・」
躊躇いを見せた黒羽だったが、理由を聞いて哀れんだのだろう。
髪に触れていた手が、ゆっくりと新一の肩を押す。
二人分の重みをうけとめて、ソファが沈んだ。
以前抱かれたときと違っていた。
ゆっくりと額から頬へと流れる手。
落とされる唇は緩やかで優しい。
(・・・心配、されてんのかな・・・)
外見が原因で抱かれるのなんて慣れていたけど。
同情で抱かれてるんだ。
そう思うとひどく嬉しいのに、ひどく切ない。
新一は黒羽を全身で感じならが、ようやく胸の痛みの原因に思い至っていた。
(・・・・・・・好き、なんだ)
(オレは・・・・いつの間にか好きになってたんだ)
触れる手が、唇が。
己だけを映す瞳が。
たまらなく嬉しい。
だから、他のヤツに抱かれるのが気持ち悪かった。
だから、他のヤツに優しくしているのがイヤだった。
だから、コイツに抱かれたかった――――――――。
「・・・・しんいち」
初めて名前を呼ばれ、深く口付けられる。
甘さに、そしてそれ以上の切なさに、新一の頬にひとすじ涙が零れた。
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