遠く、鐘の音が聴こえる。
日付が替わり、新たなる月の始まりを告げるその音は、厳かに街中を満たしていた。





                            
――――――――――――――1.April , how far







4月1日―――。




その人は一人、いまだ寒さの残る空気の中、天空に輝く月を眺めながら立っていた。
誰も訪れることのないビルの屋上で、誰も訪れないことはわかっているかのように、静かに―――。
ただ、月を眺めていた。

「工藤くん」
まるで絵画のようにそこだけ切り取られた世界を壊すことは躊躇われたけれど、これ以上寒空の下に彼を置いておくわけにはいかない。
僕は一度深呼吸してから、その人の名を呼んだ。

「・・・・・・・・」
振り向き様、一瞬の驚きとひどく複雑そうな感情を垣間見せた瞳は、ずぐに何の色も湛えなくなると、彼は冬の夜空のように冷たい声を発した。

「何」

返事を貰えた、ただそれだけのことに歓喜に震える心が存在する。

「風邪を、ひきますよ」
「・・・ほっとけよ」
「そういうわけにはいきません」

頑なにその場所を動こうとしない彼に、ここに誰かが来ることはないのだと、ここにいる必要はないのだと、そう教えなければ、彼は無為にこの場所で時間を過ごし、冗談でなく風邪をひいてしまうだろう。
お世辞にも彼の格好は、春とは言え冷え込む夜の空気に耐えられるほどの防寒対策が施されているとは言えなかった。

「ここには誰も来ませんよ」

そう言った僕に、彼は何か言いたげな視線を向けた。

「・・・おまえ・・・いや、まだ終わんねーの?」
彼が言いかけた言葉の先はわからなかったけれど、後半の問いが何を指すかはわかった。
「・・・そのようですよ」
応えながら彼の左手をそっと掴むとそのまま建物の中へと引っ張っていく。
ほっとけよと言ったわりに素直なその態度に、僕は少しだけ複雑な気分になった。

ホテルへと続く扉を開けて彼を促す。
「さぁ、気をつけて帰ってください。あまり夜更かししないよう――」
言いかけた言葉は、不意に伸ばされた手によって遮られた。
彼の右手が僕の口許を覆い隠している。

「うるさい」
「・・・・」
「そんな心配、いらない」
そう告げる彼は、きついけれど、どこか泣き出しそうな瞳で見詰めてくる。
僕には彼の真意がわからなかった。

「オレが欲しいのは―――」
数秒の沈黙の後、そこまで口にした彼は、不意に僕の首を引き寄せた。

―――重なる、唇。


一瞬だけ触れて離れた唇に困惑してしまった僕が彼へと視線を戻せば、彼はいよいよ泣き出しそうだった。

「工藤く・・・」
「おまえがっ!!!!」
僕に最後まで名前を呼ばせることなく彼は言葉を重ねる。
口調はひどく怒っていたが、その表情には悲しみが浮かんでいた。
「おまえがそんなだから・・・。オレはいつまでも細い糸のように切れそうな期待を、なくすことができない」

僕は驚いていた。
彼は言葉を続ける。
「おまえが今日ここにさえ来なければ、オレは今日を最後に糸を切るつもりだったんだ・・・!!!」
「・・・・・」
「なのにおまえは、そうやってオレを縛る―――」
「・・・・・」
何も返すことのできない僕に、彼は怒りを収め静かに言った。


「来年は来ない」
「――――――」


何故か、心臓を貫かれたような痛みが走った。

そんな僕を暫く黙って見ていた彼は、不意に不敵に笑うと、
「バーロ、来年は家で待ってるから」
風邪ひくと困るんだろ?ちゃんと、家で待っててやるから。


だから。


それから彼は、ひどく優しく微笑んで。

「負けんなよ」


そうしてもう一度ふわりと唇を重ねると、彼は静かにドアの向こうへと消えていった・・・。





「・・・気づいてたのか」
一人になった屋上で、オレは級友の仮面を引き剥がす。



「負けねーよ」
来年のこの日を、穏やかに彼とともに過ごすために。

オレは小さく呟くと、戦う日常へと羽を広げて飛び立った。
















































































































































また昔の発掘で申し訳ないデス・・・。
でも祝いたいの・・・!