――――――――――――夏の風物詩
その日黒羽快斗はとても上機嫌に見えた。
いや、正しくは上機嫌なのを必死に我慢しようとしているかのように見えた。
正直自分が探偵なぞでなければ気づかないであろう程度には、黒羽はいつも通りに振る舞っていたし、周りに聡い工藤でさえも『そうかぁ?』などと首を傾げていた。
しかし、と服部は思う。
何かの拍子に黒羽が自分に優しい。
いや、普段からさりげなく優しい奴ではあるが、それでも自分はぞんざいに扱われているほうだ。
つきあいももう二年目になるけれど、たまに本気で嫌われているのではという視線を感じることだってある。
ぶっちゃけてしまえば自分だって本気で嫌いになりそうな瞬間だってある。
まぁでもそんな瞬間さえ除けばそれなりにうまくやってはいたのだが。
ともかく。
そんな黒羽が今日は自分に対してちょっと親切なのだ。
というか誰に対してもいつもよりちょっと親切な気がする。
それは本当に些細なことで、自分と同じくらい優秀な探偵の工藤が首を傾げるくらいなのだから、気にするほうがおかしいのかとも思う。
それでも服部は何故か気になった。
「なぁ、自分今日えらい機嫌いいなぁ」
工藤、黒羽と三人で次の講義までの空き時間をカフェテリアで潰していたときに、服部は気になっていたことを聞いてみた。
何故か自分は原因を知らなければいけない気がしたのだ。
「え、そう?」
黒羽はミルクをしこたま淹れたコーヒー――もといあれは絶対に牛乳のコーヒー風味だ――を飲みながら首を傾げる。
それでもじっと見つめてくる服部に、ちょっと苦笑して、
「たぶん昨日工藤と飲んだのが楽しかったんだよ」
服部だけに聞こえる声でそう言った。
なるほど。納得しながらも服部は何とも言えない気持ちになった。
黒羽はたぶん自分と出会った頃から、もしかしたらもっと前から工藤に惚れていて、自分も黒羽と出会うもっと前から工藤に惚れていた。
工藤を介して親しくなった二人であったが、これが必要以上に二人を仲良くさせない原因だった。
いいヤツだ、面白いヤツだと思うのに、どうしても嫌いになりそうな瞬間がある。
お互い確認したことはなかったが、たぶん気づいているだろう。
だからこうして片方が工藤と二人で会ったりすると何ともいえない気分になる。
それでも服部は事件の後などはよく工藤と二人になるのだし、黒羽もそれなりに工藤と会っているようだった。
今までも二人で飲んでいたこともあったと思う。
(…ん?今までも二人で飲んだ後、こないに機嫌よかったか…?)
何となく今までのことを思い返して、そうだったような気もするしそうでもなかったような気もした。
(まぁええか。悔しいけどきっと話が弾んだんやろな)
自分も工藤と話が弾めば楽しい。
工藤を見る限り何か特別なことがあって黒羽が上機嫌なのだというわけでもなさそうだったので、服部は謎は解けたとこれ以上そのことについて聞こうとは思わなかった。
予鈴が鳴り、そろそろ講義が行われる教室へと移動する時間になった。
空き時間を潰していた学生たちがちらほらと移動をはじめている。
入れかわるように次が空き時間になる生徒たちがカフェテリアへと訪れ始めた。
「ほなそろそろ行こか」
「あぁ」
「そうだな」
服部の声に、工藤、黒羽も立ち上がる。
工藤は飲みかけのコーヒーをいっきに口に含んでいた。
ふと、服部の視界に鞄をとるために屈んだ黒羽の首筋が飛び込んできた。
「黒羽・・・」
「ん?あぁココ?」
服部の視線に気づいた黒羽がちょっと笑った。
「意味深な場所に痕つけとんな」
ゴホッ!!!ケホッケホッ・・!コホッ!
「寝てる間に虫にくわれちゃったみたいなんだよね」
あんま痒くはないんだけど、腫れちゃって。何かオレがエロいっぽいよなぁ。
そう言って笑う黒羽に、確かにコイツなら誤解されそうだなんて思った服部は、
「遊び人ぽくてエエんやないか?」
なんてからかいながらも、工藤の前でキスマーク疑惑を晴らせたことに感謝せぇやぁなんて思ったりしていた。
「黒羽が首筋に痕つけとったら絶対遊んでるように見えるやんなぁ!なぁ工藤?」
「ケホ・・・ん?あ、あぁ・・・」
「へ〜ちゃ〜ん、工藤まで・・・」
「何や工藤慌ててコーヒ飲むから咽んのやで?気管にでも入ったか?」
「だ、大丈夫だ。行こうぜ?」
ちょっぷりへこたれた風を装った黒羽をおいて、工藤と服部はさっさとカフェテリアを後にする。
慌てておいかけた黒羽は、未だに咽ている工藤の背を見て、嬉しそうに、でもバレないようにくすりと笑った。
「どうしようもなく可愛い虫が、バレてないと思ってこっそり勝手に噛み付いたんだよなぁ・・・」
寝込みを襲う新一さん。
虫って言われてますよ(笑)
虫刺されは夏の風物詩だけど、暑中見舞いになったかどうか・・・(汗)
2005.08.03
かせいのさかな/桜あまね
もう残暑ですけど。
復活:2006.8.26