※一応総士帰還話。一応一総。




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19歳の冬。
あれから5年。
信じているのはオレ一人だったと思う。



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ひんやりとしたスーツの感触。
肌に直接触れるその冷たさにはまだ慣れない。
犠牲者を出すことなく戦闘を終えると、私たちパイロットは制服に着替えるため更衣室へと向かった。

「やっぱ凄いよねぇ先輩たち。あっという間に倒しちゃうんだもん」
「うん、かっこよかった!とくに一騎先輩!」
「あんた庇ってもらったもんねー」
「えへへーvでもさ、一騎先輩って、右目、よく見えないんでしょう?」
「そうらしいよねー。信じられない!」

着替えながら、先ほどの戦闘時のことを振り返る。
まだ実践経験の乏しい私たちは、フェストゥムとの戦闘に臨む際、先輩達にサポートしてもらっていた。
私たちの成長に合わせてその頻度や内容は変化するということだったけれど、今のところは多くを頼っている。
そして、私たちパイロットのサポート兼戦闘訓練の先生が、真壁一騎先輩と近藤剣司先輩。

二人とも、戦闘が今より激しかった時代、エースパイロット(剣司先輩曰く)だったそうだ。
当時10歳だった私たちは、島を守る機体を、ちょっとしたヒーローのように眺めていたけれど。
どの機体に誰が乗っていたかまで、知りはしなかった。

今にしてみれば、もっとちゃんと見ておけばよかったと思う。
今の自分に何かしら役に立っただろうということと。先輩の過去を知る、大切な機会であったのだから。

「見えないなんて思えない動きだよねぇ」
「うん、私ももっと、訓練しなきゃ」
口々にパイロット仲間が口にする。
私も思ったことが口をついてでた。
「…近づきたいな」


言った言葉に更衣室はくすくすと笑いに包まれる。

「戦闘技術?それとも一騎先輩本人に?」
「・・・・・・・・・どっちも!」





私は
――――――一騎先輩に、恋をしていた。














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パイロットになることを知らされてから、私は何度か一人でブルクにファフナーを見に来ていた。
その時一度だけ、マークザインをじっと眺めている人を見たことがある。
着ている服がメカニックの人たちとは異なっていたので、研究員の人か・・・もしくはパイロットかもしれない。そう考えた私は、
―――話を聞いてみたい)
そんな風に思ったけれど、その人の表情を見て、声をかけるのをやめた。


その人は、見ているこちらが切なくなるような、たくさんの感情が溢れ出すのを必死に堪えているような表情で、静かに、マークザインを見ていた。








「髪、長いな」
「え、あ、はい」

はじめての実践の時、恐怖と不安でガタガタと震えていた私に、その声は降ってきた。
2週間前に紹介された、私たちの教官兼戦闘でのサポーター。
真壁一騎先輩。
小学校はもちろん一緒だったけれど、学年が離れていたこともあって話したことは一度もなかった。
訓練以外でも、話したことはない。
あのときマークザインをじっと眺めていた人だった。


「色素、薄いんだ・・・きれいだな」
「あ、有難うございます」
一騎先輩は口元を僅かにあげて微笑むと、私の頭にポンと手をのせた。
「ちゃんとオレたちがサポートするから。落ち着いてがんばれよ」
言いながらマークザインに乗り込むその背中は大きくて。
あんなに切ない顔をしていた人が、こんなふうに穏やかな顔を見せるのに驚いて。
震えはいつの間にかおさまって、心はほんわかと温かかった。


その時から、私はとても丁寧に髪の手入れをしている。










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「最近さ、髪、さらに綺麗になったんじゃない?」
女の子のパイロット全員で更衣室からメディカルルームへと向かっている途中、ふいに髪を触られた。
これから、戦闘後の定期健診があるのだ。
「ふっふっふv髪は女の命だもん!」
言いながら内心私は少し驚いていた。さすが、女の子というのは目敏い生き物だと思う。
でも、一騎先輩が、きっと長い髪が好きだということは教えてあげなかった。
だって心のどこかで皆、一騎先輩に憧れているのを私は知ってる。ライバルは少ないほうがいい。

「女の命はやっぱスタイルでしょう」
「なにおぅ!?」
じゃれあいながら通路の角を曲がると、メディカルルームから出てくる一騎先輩と剣司先輩が見えた。
ドアからは遠見先輩の顔が覗いている。
先輩たち二人の検診は終わったようだった。


「ね、一騎くん、今日ウチで晩御飯食べない?」
「いいのか?」
「うん」
「じゃぁお邪魔しようかな。有難う」
聞こえた言葉に、私は急に気持ちが沈む。
足をとめた私につられるように、一緒に歩いていた女の子達も立ち止まった。

「何だよ遠見、オレは誘ってくんねーの?」
「近藤くんは咲良と食べるんでしょーが」
「その通りだけどさぁ!弓子さんの手料理も食いたい!」
「ざーんねーんでした。今日は私が作るの!」
「なんだ。じゃぁオレは咲良と幸せな食卓を囲むぜ!」
「え、あ、じゃぁオレも父さんと…」
「かぁーずきくん!」
「うそうそ、行くよ。楽しみにしてる」
「もー」

楽しそうに話を続ける先輩たち。
遠見先輩は、以前はファフナーのパイロットの中でも凄腕の狙撃手だったそうだが、色々あって一騎先輩や近藤先輩よりも早く降りることになったそうだ。
今は、お母さまである遠見先生を手伝って、検診の補佐や、何やら研究をしているらしい。見かけるのはたいていがメディカルルームか…一騎先輩の近くだった。




誰かしらの口から、溜め息がこぼれた。
「ご飯一緒に食べる約束してたね」
「うん…」
「ホントのところ、どうなんだろうね」
「…さぁ」




一騎先輩と遠見先輩は付き合っているらしい、島の中にはそんな噂が流れていた。












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「遠見先輩は、一騎先輩とつきあってるんですか?」


制服に袖を通しながら思い切って発した言葉に、遠見先輩は少しの間動きをとめた。
たまたま今日の検診では私が一番最後になり、遠見先生は司令に呼ばれて席を外していた。
二人きりのメディカルルームで、少しだけ居心地の悪い空気が流れる。


多分遠見先輩は、私の気持ちを知っている。


「そう見える?」
遠見先輩から返された言葉に、少し考えて私は首を横に振った。
自分の願望も多分に含まれていたけれど、何となく、何となく、二人の間に流れる空気は、そうではない気がしたのだ。
遠見先輩は少しだけ困ったような笑顔を見せると、
「うん、つきあってないよ、今は」
そう言った。
(今は…?)
私の無言の問いに、遠見先輩は笑みを深める。
「今の一騎くんには、そういうことよりも、安心を与えてあげることが大事」
だから、いつかは付き合うかもしれないけれど、それはもう少し先だよ。

そう話す遠見先輩は、自信に満ちた大人の女性の顔をしているように見えた。少なくとも、表面上は。
私に椅子に腰掛けることを促すと、自分も机に寄りかかり、遠見先輩は言葉を続ける。

「一騎くんには、まだ受け入れられないことがあるの。それを受け入れて、そして前を向いて歩いていけるように、支えて、安心を与えてあげるのが私の役目」
「受け入れられない、こと、ですか?」
初めて聞く話に、私は問いかけることを止められない。
遠見先輩は、少し考えた後、短く言った。


「…親友の消滅」
「……………」
「でも、この島の人達はほとんど皆が同じ痛みを背負ってる。だから、一騎くんも乗り越えていけるように、私が側にいるの」

それ以上具体的な話をするつもりはないらしく、遠見先輩は言葉を区切ると猫のように伸びをした。
遠見先輩の言葉に、あの時の一騎先輩の表情が蘇る。
あれは、消滅したという親友を思っての顔だったんだろうか。
思い出せば、確かに、受け入れているというような顔ではなかった。

自分の知らない一騎先輩を知っている遠見先輩。
仕方ないけれど、一緒に戦った友として多くを共有してきたんだと思うと、少し悔しかった。

同時に、親友の消滅を受け入れられずにいるという一騎先輩が切なくて。何だか泣きたい気分になった。


「ともかく!」
黙ってしまった私に、遠見先輩は唐突に明るい声で人指し指を突きつけてきた。
私の気持ちが暗くなったのを察したのかも知れない。

「今は恋愛とかそういう感じにはまだ早いけどね。でも、他の人より気安くしてくれてるし。・・・時がくれば寄りそうことは、自然に想像できるから」
それでもいいならかかってきなさい!


ウィンクに付きで笑われて、優しいんだか腹立たしいんだか、よくわからない言葉を言われ。


でも、その中に、確かに自分に対する牽制も感じられて。
そんな話を聞いたばかりなのに、何だかかえって私にも可能性があるような気がしてしまった。

「負けませんよ!」
一騎先輩の顔を思い浮かべながら言った。
私にも、一騎先輩の心を癒せる何かがあればいいと、そう思いながら。








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ある日の午後、事件は起こった。


その日は今にも雪が降り出しそうな、空気の冷たい冬の日で。
地下にいればそんなことは関係ないのだけれど、島全体の空気が、妙にそわそわしたように感じられたのを覚えている。

学校での授業終了後アルヴィスへとやってきていた私たちは、ようやく本日の仮想空間での戦闘訓練を終えたところだった。
施設の一郭で、訓練内容を振り返り、話し合う。
前回の戦闘で課題となったことがクリアできていたかどうか、今回問題になったことは何なのか。
パイロット同士の意見交換もあわせながら、一騎先輩・剣司先輩が私たちにアドバイスをしてくれていた。


ふと、戦闘時の連携の取り方について説明をしていた一騎先輩が、言葉を切った。
不自然に途切れた説明に、剣司先輩も、私たちも、首を傾げる。
一騎先輩は、その先を続けることなく、視線を上へとあげた。
「…ほ……とぅ か?」
皆何が何だかわからずに、ぽかんと一騎先輩を見つめていると、
「かえって、くるのか!?」
声を発した瞬間、一騎先輩は走り出していた。

「わるい、剣司、後頼む!」

訓練施設を出るか出ないかのところでそう叫ぶと、一騎先輩は返事も待たずどこかへもうスピードで駆けていく。
私たちは、呆気にとられながら、ただその背中を見送るしかなかった。


「じ、じゃぁ、続きはオレから説明するな」
気を取り直した剣司先輩が、私たちに向けて先ほどの説明を再開する。
(…一騎先輩には、何が聞こえていたんだろう…)
何故か妙な胸騒ぎがして、落ち着かなかった。












「終わった終わったぁ!」
「今日も疲れたねー」
結局あれから一騎先輩は戻ってこないまま、本日の訓練が終了した。
あと少ししたら各家では夕食の時間になる頃で、それまでの時間を楽しく過ごそうと、パイロット全員で休憩室へと移動する途中。
後ろからバタバタと走ってくる足音が響いてきた。
振り返れば、遠見先生と一騎先輩がこちらへ駆けてくる。

「どいて!」
遠見先生の鋭い声に、反射的に私たちはピタリと壁に身を寄せた。
何かあったの…?思っている間にも、遠見先生と一騎先輩はもの凄い勢いで走り抜けていく。
行き先は遠見先生がいるということと、方向的に、多分メディカルルームだろうと思った。



二人が通り過ぎた後、私たちは皆で顔を見合わせた。
全員の顔に浮かぶのは、疑問の表情。





―――――――誰…?)
よくは見えなかったけれど。

遠見先生の腕の中には小さな赤ちゃんが。
その後ろを走る一騎先輩の腕の中には、多分一騎先輩の上着を着せられた、


とてもとても綺麗な、髪の長い人の姿があった。







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それから一週間後。
私たちは司令からその人を紹介された。





惚ける、というのはまさにこういう瞬間に使われる言葉なんだと思う。
いつものようにおしゃべりをしながら、先輩たちが来るのを待っていた私たちは、その人の姿が視界に入った瞬間言葉を失った。

―――――――綺麗・・・)

自分がその人に見惚れていたことに気づき、恥ずかしさにこっそりと周りの様子を覗うと、男の子たちまでもが、頬を染めつつただただその人に視線を注いでいた。
真壁司令の半歩後ろにその人が続き、さらにその後ろから一騎先輩と剣司先輩が訓練施設へと入ってくる。
一騎先輩と剣司先輩は、こちらを見ながらくつくつと笑っていた。
私たちの反応を予想していたのかもしれない。
真壁司令が私たちの正面に立ち、その隣にその人が並ぶ。
司令は全員の顔を見渡すと、ゆっくりと口を開いた。



「皆城総士君だ」











今後、私たちの関わるところでは、敵の戦闘パターンの解析や、それに合わせたフォーメーションの調整などを担当してくれるらしいその人は、以前戦闘指揮官だったというのが信じられないくらい華奢な人だった。
背は高いほうだと思うけれど、真壁司令と並んでいると、その細さが際立つ。
少し後ろに立ってこちらを見ている一騎先輩より頭半分ほど小さいだろうか。
薄茶の髪が、思わず触りたくなるような質感をもって、背に流れていた。

小学生のとき、見たことはある。
何故か皆の口に上ることはほとんどなかったが、一番戦闘が激しかった時代、とても重要だった人だと聞いていた。
蒼穹作戦の際、フェストゥムに連れ去られ、ようやく先日帰還したそうだ。
疑問は色々と浮かんできたけれど、多くのことは語られず、でも、真壁司令をはじめ先輩たちの嬉しそうな顔に、自分と関わりの大きかった人ではないけれど、無事であったことを良かったと思った。










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「顔がだらしなくなって  る  ぞ」
簡単な紹介を終えて真壁司令が立ち去ると、いつの間に後ろに回っていたのか、一騎先輩が男の子たちの頭を順々に叩きながら言った。
剣司先輩がにやにやしながらついてくる。
「しょうがねぇよ。総士、綺麗だもんな」
「・・・綺麗といわれて喜ぶとでも?」
言われた当の皆城さんは、ちょっと面白くなさそうに眉根を寄せていた。
「まぁまぁ」
そうして笑いあう先輩たちは本当に嬉しそうで。大切な、仲間なんだなと思った。
一騎先輩は目を細めて、ずっと皆城さんを見ていた。


「これが昨日見せてもらったデータをもとにたてたシュミレーションプランだ。一騎、剣司、オマエたちが指示をしながらやってみてくれ」
実際の状況を見れば更なる改良を加えることができると思うが、まずはこれで。
そう言って皆にデータを渡す皆城さんは、慣れた様子だ。
大きくはないのに、耳に残る声。そしてその存在感に、先ほどまで信じられなかった”戦闘指揮官”にようやく納得がいった。

私たちに渡されたのは、簡単でわかりやすい資料。一騎先輩と剣司先輩には別のものが渡されていた。
皆で目を通し、一通り確認が終わった頃。

「総士・・・」
何故か、もの凄く、ものすごーく低い声で一騎先輩が皆城さんを呼んだ。
見れば、目を据わらせて背後には暗雲を背負っている。
そのあまりの雰囲気の変わりように、私は思わず呆けた顔で一騎先輩と皆城さんを交互に見た。
それは他のパイロット達も同じようで。どうしたのだろうと皆で先輩たちに視線を向ける。

「オレ、休めって言った・・・」
暗雲を背負ったままの一騎先輩は、皆城さんの手首を掴むと、その顔を睨みつける。
表情は怒っているのに何故か泣き出しそうにも感じられた。

(け、喧嘩でもはじまるのかな…)
(一騎先輩のあんな据わった目、はじめてみたよぅ)
はらはらと私達が見守る中、ずっと無表情だった皆城さんが、ふいに困ったように笑った。
掴まれていないほうの手で一騎先輩の頭をコツリと叩く。
「・・・・・後で、聞くから」
「・・・・・・絶対だぞ」
叩かれた部分をおさえながら、一騎先輩は視線を緩め、拗ねたような顔をした。


ちょっと納得いかない…そんな表情をしながらも手を離した一騎先輩に、もう一度皆城さんが目元を柔らかくする。
そんなに心配しなくても大丈夫だ。僕はここにいる。
音になったわけではなかったけれど、そう言ったように、私には見えた。




二人のやりとりに皆で呆気にとられたまま固まっていたら、
「よっしオマエら。いくぞ」
いつの間にか先ほどの暗雲を払拭した一騎先輩がこちらに向かって歩いてきていた。
「総士にいいとこ見せたら、話しかけてもらえっかもよ」
先を歩いていた剣司先輩がにやにやしながら振り返る。男の子たちはピクリと身体を揺らしていた。
別にやましい気持ちがあるわけでなくとも、男の人に見惚れていたというのは複雑な感情かもしれない。
でも困った顔で笑った皆城さんは…やっぱりとても綺麗だった。



「………ふぅ」
皆の後に続きながら、私はゆっくり息を吐き出した。
(一騎先輩の、今まで見たことのなかった顔を…この数分間だけで、いったいどれだけ見ただろう…)
知らない、ということは、ちょっとだけ切ない。
いなくなった一騎先輩の親友というのは、皆城さんかもしれないと、何となく思った。




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